p4c(=philosophy for children)スケッチ

p4c(=philosophy for children こどものための哲学)に取り組む「アトリエ はちみつ堂」の活動を通じて考えたことを記録していきます。

嘘に出会うことがある。人と話すとき、耳を通じて互いに言葉を交換しているが、相手が話す言葉より、語られていない方の言葉が伝わってくる時がある。表面的に発される言葉とは違うところに、話し手の意図や思惑が感じられる。人は本当に様々な嘘をついている。冷たく、悲しくなるような嘘もあれば、可愛らしくて面白いものもある。ただ、子どものつく嘘には、どんなものであっても愛嬌を感じる。

 

ある男の子と、友だちの間で何が流行っているかが話題になったことがある。漫画やアニメ、カードゲーム、色々あるが中でも漫画の「ワンピース」が流行っているそうだ。彼は、漫画にはほとんど興味がなく、キャラクターも全く知らない。主人公が男?らしいけど、その名前も知らないんやで!と強調して言った。その一言を聞いて、自分の中にいくつか浮かぶイメージがあった。人とは違う自分でありたいと思う気持ち、早熟な自分への自負、あるいは家庭のルールに由来する不自由さへの寂しさ。当たっているものもあるだろうし、ぼくの勘違いもあるだろう。思い浮かんだイメージを大切にしながらも、囚われないように会話を続けた。

 
嘘をつくのは、人間だけなのではないだろうか。ふとそんなことを思う。最近、BBCが制作したドキュメンタリー「planet earth」シリーズを見ている。海、砂漠、草原、洞窟・・・さまざまな環境を1回1回特集し、それぞれで生きる動物が紹介されていく。自然のスケールの大きさ、生存競争の厳しさ、緻密な生態系のバランス。抗いようのない、ごまかしようのない大きなリズムの中で生きる動物たちの姿に引き込まれる。番組を見終わって、言葉を交わしながら、生きていくためにいくつもの小さな嘘を積み重ねる人間の在り方を思った。
 
子どもと話していて出会う嘘に、心を動かされることがある。友人、兄妹、教師、様々な人間関係が子どもたちを取り巻いている。それらの関係がいつも温かく優しいものとは限らない。初めて出会う社会に適応するための重要な技術が、嘘なのかもしれない。子どもの嘘には、ごまかしの向こうに真意が透けて見える素直さがある。同時にこれから先、長い時間をかけて出来上がっていくであろう硬直の兆しもある。あの男の子は、どこかで思い切って漫画に手を伸ばす日がくるかもしれない。タイミングを逃して生涯漫画に触れないかもしれない。今はまだ、どちらにも振れることのできる柔らかさがある。
 
様々な経験を積みながら、柔らかくあり続けることは難しい。それは、身も心も柔らかいと思っていた子どもでさえそうなのだ。それでも、子どもの硬くも柔らかい嘘に触れると、人にはこのような可能性があるのだと教えられる。